<昭和30年(1955)11月~昭和31年(1956)> ・自由民主党結成 ・経済白書「もはや戦後ではない」 ・「第二次中東戦争」勃発 ・日本が国際連合に加盟 ・鳩山内閣が総辞職 石橋湛山内閣が誕生 <内容> 「もはや戦後ではない」…昭和31年7月、経済白書にそう記された。白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機が「三種の神器」ともてはやされ、神武景気が続き、「太陽族」と呼ばれる若者が湘南に登場した。政治の安定が好景気を支えた。昭和30年(1955年)に自由民主党の誕生によって「55年体制」が成立し、その政治体制は40年近く保たれた。そうした中で昭和31年10月、日ソ共同宣言が調印、日本とソ連の国交が回復する。しかし、その一方で現在まで続く北方領土問題が「棚上げ」されてしまった。時の総理・鳩山一郎はなぜ「棚上げ」のまま日ソ共同宣言を調印したのだろうか?日本、ソ連の思惑とそこに関与してくるアメリカの思惑を考察する。